安全対策(1)

安全情報を集める

海外赴任が決まったら、その国や地域における政情や犯罪、衛生環境・医療事情などについて情報を集めることが必須である。とくに日本人が、どういうトラブルに遭遇しやすい傾向にあるかを知り、自分たちなりの心の準備をしていきたい。企業・団体などでも派遣者とその家族の安全確保のためにさまざまな対策を講じてくれているが、基本はあくまで「自分の身体と財産は、自分自身で守る」である。

情報の性格に注意

一口に「安全情報」といっても、その範囲は多岐にわたり、項目を挙げていくだけでも相当な数にのぼる。ここでは、治安や犯罪、トラブルに対応するという側面から、情報収集について考えたい。
まず気をつけたいのは、どの機関が何を目的に発信しているかという点である。たとえば、外務省および在外公館(日本大使館や領事館など)が出す情報は「在留邦人保護」が目的であっても、当該国の体面を傷つけかねないものには極めて慎重である。とくに内乱や紛争にからむと、歯切れが悪くなる。「○○勧告」を出すのにもかなり勇気をもって決断しているのだから、私たちには事情を察する思慮深さが求められる。
反対に、危機管理の専門業者が出す情報は、ともすると「恐いぞ」という不安感を煽ってしまいやすい。それが営業活動の一部でもあるのだが、力のない業者ほどその傾向が強い。リスクのレベルについては、先にその地域に進出している企業や銀行などに相談してみることである。
日本在外企業協会や海外建設協会などは、企業・団体などの事業所向けに情報を発信しているので、どちらかというと経営者側の視点から情報が整理されている。もちろん、個別の内容はすべて日本人の命に関わる大事なものなのだが、どうしても職場での人事管理や作業行程などに関するものが多くなる。
また、マスメディアによる情報は、とかく特異なケースを強調しがちで、記者自身も不勉強だったり観察眼が偏っていたりする。情報の「つまみ食い」や「誘導」も多いので、必ずほかの情報源のものと照合してみる必要がある。

体験談から学ぶ

1964年の東京オリンピック以降、わが国は膨大な数の駐在員を世界各地に送り出してきたし、最近は海外旅行や海外出張も日常茶飯事となった。海外を経験した者は周囲にたくさんいるし、海外駐在経験者のボランティア・グループも各地に生まれていて、渡航前の家族の相談に応じてくれる。
実際の体験に裏付けられた情報には説得力もあるし、それなりの真理を含んでいるのだが、やはり「いつの、どこの話か」「対象は誰か」ということには気をつけておきたい。政権交代で大きく事情が変わることはよくあるし、同じ国でも地域によって大きく異なる点もある。また、大人に関してのことであって子どもには適用できないこともあるし、単身者なら気をつけなくてはならないこともある。
海外駐在員の多くが、「事務所の大先輩(たいていは重役になっている)が、自分の駐在勤務時代の感覚で助言してくること」で頭を悩ませている。日本人同士の問題ですむものならよいが、赴任国の企業との交渉ごとや現地スタッフの人事管理、ましてや危機管理の問題となってくると、命がけになりかねない。
体験者には海外で暮らしてきた実感があり、「これだけは、わかってほしい」という思い入れもある。話を聞くときは、体験者が「何のために」「どのような気持ちで」話しているかに注意することである。そのうえで、その情報が自分にとって有用であるかどうかを慎重に判断しなくてはならない。おうおうにして、ある人がこうすべきだといったことを、別の人が「絶対にすべきでない」と否定していることが多い。
そして何よりも、成功談よりもむしろ失敗談のほうが役に立つ。トラブルの原因を分析していくと、いくつもの不幸な要因が重なって起こっている。この要因を専門家は「危険(リスク)」と呼んでいるが、それをできるだけ多く収集することである。

外務省の海外安全相談センター

ホームページでも情報を提供しているが、閲覧室を訪ねれば、世界各国の安全情報をモニターで検索できる海外安全情報タッチビジョンも利用できる。24時間体制の「海外安全情報テレフォンサービス」や、国別の「海外安全情報ファックスサービス」なども行っているので、遠隔地の人も利用するとよい。


  • 領事サービスセンター

    TEL 03-3580-3311(代表) 03-5501-8162(直)

  • 海外安全ホームページ

    http://www.anzen.mofa.go.jp/


自己防衛対策

赴任前に、赴任国の犯罪事情や安全管理などに関する情報をしっかり入手しておくことが大事である。最近はテロや誘拐事件などが頻発していることもあって、危機管理に力を入れている企業・団体も少なくない。それぞれ独自に「危機管理マニュアル」や「海外安全マニュアル」を作るなどして、意識の啓発に取り組んでいる。マニュアルの説明会や研修会、講習会などが開かれる場合は、積極的に参加して必要な知識などを吸収しておきたい。

出国前には

現地で安全な暮らしをするためには、基礎的な会話ができる程度の力も身につけておきたい。事件・事故や病気などの緊急時に、周りの人と十分なコミュニケーションがとれる人ととれない人とでは、大きな違いが出てくる。無理のない範囲で、英語や現地語で会話ができるように勉強していくと安心である。 赴任前にしておかなければならないことは、まず、赴任国に関するガイドブックやパンフレット、ホームページなどに目を通して、犯罪や治安の概況を把握しておくことである。現地語がわかれば、現地で発行されている新聞や雑誌も有力な情報源になるが、まずは日本語で正確な理解に努めるようにしよう。 周囲に、赴任国について詳しい人がいる場合は、生活体験などとともにおおまかな治安情勢についてレクチャーを受けておくとよい。どんな細かなことでも参考になるはずである。ただし、それがいつの時点のものかを、忘れずに確認することも必要である。
赴任国の一般的な安全情報については、外務省の海外安全相談センターで入手できる。ホームページでは、世界各国の強盗などの犯罪事情、暴動やテロなどの治安情勢、また伝染病など保健・医療分野での安全管理に関する情報を提供している。さらに、日本在外企業協会や海外建設協会、国際協力事業団などでも、企業・団体などに対して危機管理や安全対策の情報提供、マニュアルの配布などを行っている。
最近は、海外赴任者を守るため危機管理の専門業者に依頼する企業・団体が増えているようだ。専門業者は、赴任前にさまざまな事前予防訓練を実施してくれる。内容は、危機管理体制の構築、マニュアルの作成、渡航先の危険情報の提供、赴任者教育、シミュレーショントレーニングなど多岐にわたっている。

赴任国では

赴任国に着き、新しい生活がスタートしたら、これまで以上に慎重な行動が求められることはいうまでもないが、一方では現地の社会に溶け込むための努力なども求められる。海外では、日本で当たり前と思われていることが、実は当たり前でないことがおうおうにしてある。赴任国の民族や宗教、慣習などを理解していなかったばかりに、思わぬトラブルに巻き込まれたなどというケースも決して少なくない。 住宅周辺で最も注意しなければならないのは痴漢・誘拐・窃盗などである。門や玄関、窓などの戸締まりには十分な注意が必要である。鍵のかけ忘れなどないようにしたい。外出は、できるだけ昼間にして夜は避けたほうが無難である。どうしても夜外出しなければならない場合は、一人ではなく複数で出かけるようにしよう。また、派手な服装なども極力避けたい。
電車やバスなどの乗り物の中では、荷物の置き引きが頻発しているので、貴重品は肌身を離さないこと。歩道などを歩く場合は、すりやひったくりに要注意。歩道はできるだけ道路の真ん中を歩くようにする。日本人はとくに狙われやすいので、現金は分散して持ち歩くようにするとよい。レストランなどでは、荷物をイスの背に掛けたりテーブルの上に置いたりしないようにする。

自己防衛術

紛争・暴動など緊急事態に遭遇したときは、慌てず冷静に行動することが大事である。さまざまな情報が錯綜するので、テレビやラジオ以外に日本大使館や日本の本社などにも問い合わせ、より正確な情報を入手するように心がける。避難する場合はその指示に従うが、できるだけ単独行動を避けることである。 緊急時に備えて、個人の連絡先を記入したメモを常に持ち歩くようにしたい。またパスポートやIDカード、航空券、現金、契約書など重要なものは一か所にまとめて、いつでも持ち出せるようにしておこう。貴重品のリストも作っておくとあとで役に立つ。必要に応じて水や食糧、応急セットなども用意しておこう。不測の事態を乗り切るためには、それなりの体力も必要だ。日頃から体力増進を心がけるなど、健康にも十分留意しておこう。
外務省は、2006年9月に在留邦人と旅行者の多い全米(ハワイ、グアム、サイパン、プエルトリコ、米領バージン諸島を含む)及びカナダ地域を対象とした「全米・カナダ邦人安否確認システム」を立ち上げた。全米・カナダ地域で大規模な災害が発生した場合、被災地にいる人が手軽に公衆電話などからでも無料で自らの安否に関する伝言をデータセンターに残すことができ、それを日本にいる家族らがいつでも直接聞くことによって、被災地にいる人の安否を確認することができる。

自己防衛のアドバイス

人通りのないところは避ける

人通りの多い道は確かに危険だが、人通りのない道はもっと危険である。先進国の大都市でも、繁華街から一つ通りを中に入ると、まるっきり人気のない所は多い。そうした場所には昼間でも立ち入らないに限る。変な冒険心は持たず、近道もやめよう。
女性が夜一人で出歩ける場所は、日本以外にはないと思っておくこと。土地勘が身につき、地元の人たちが常時見守ってくれている範囲であればよいが、そこまでになるのは当分先だ。また、夜の地下道は男性でも危ない。とくに雨の日や冬場は、いろいろな境遇の人間が集まっている。話などからでも無料で自らの安否に関する伝言をデータセンターに残すことができ、それを日本にいる家族らがいつでも直接聞くことによって、被災地にいる人の安否を確認することができる。

現金やカードは分散して持つ

先進国であっても、いつどこで「ホールドアップ」させられるかわからない。スリも多くいる。現金・クレジットカードなどは分散して持つことが、被害を小さく抑えるコツである。
男性なら衣服のポケットが多いし、出張中は胴巻き・ポケット付きベルトなども駆使しよう。ズボンの内側に秘密のポケットを縫っておくのもよい。女性はハンドバッグやポシェットなどを使うしかないが、すべてを一つの財布に入れないで、現金もいくつかに分けておく。バッグをカッターで切られる被害もあるし、買物で大金の入った財布を見せること自体が危険である。バッグのベルトは袈裟にかけ、常に体の前面に持つようにしよう。