教育の選択(1)
乳幼児教育
乳幼児がいる場合は、どう育てるか、あるいは何を学ばせるかについて、夫婦でよく話し合っておく必要がある。たとえば、布オムツで育てたいと思っていても、海外赴任の手荷物で大量のオムツを持って移動するのは大変だし、しばらくホテル住まいとなれば洗濯などしていられない。それでも頑張ろうとする母親は、精神的にまいってしまうこともあるので、「落ち着いてから布オムツに戻してもいい」という夫の意見も貴重である。
就学前の教育に「何々でなければならない」ということがあるとすれば、母親がいつも笑顔でいることと「語りかけ」を続けることくらいである。海外に出るからといって、何も特別の決まりがあるわけでもない。
しかし、環境が変わるのは確かだ。気候・風土だけでなく、目に映るものも耳に入るものも珍しく、手に入る道具も何となく違う。人びとの姿・形、言葉、しぐさなどが多様で、貧富の差も大きい。事情が変わったことを実感する衝撃は、子どものほうが格段に大きいのである。
こうした荒波をかぶっているとき、子どもにとっての支えは両親がゆったり構えていることである。要は夫婦が子育てにビジョンをもち、少々のことでは動じないことである。とくに子どもの前ではそうである。「離乳食はこうしろ」「赤ちゃん体操はああしろ」などとさまざまなアドバイスもあるが、それらが母親が笑顔を失うほどの重荷になっては意味がない。子どもの表情は、親の表情の引き写しであることを忘れないようにしたい。
現地校の入学面接で、「人間にしてから連れてきてください」などといわれることがある。子どもが、わがままが過ぎたり暴力的だったりする場合だ。要するに「しつけができていない」ということである。原因のほとんどが親子のコミュニケーション不足にあるので、やはり「笑顔と言葉の刺激」が大事である。遊んだオモチャをメードや兄姉に片づけさせるのもよくない。本人が片づけるのを親が手伝いながら、いろいろ話をしてやることに教育的意味がある。
幼稚園を選ぶ
幼稚園の選択は、現地に到着してからでも遅くはない。日本人学校に併設された幼稚部だけでなく、最近は日本人の子どもを対象にした幼稚園も増えているし、現地の幼稚園(プレスクール、キンダーガーテン)や保育所(ナーサリー、デイケア、プレイルームなど)も充実してきている。英語を使用する国際学校の幼稚部も選択肢の一つだろう。日本人会や近所の人たちに聞くといろいろ教えてもらえる。
小学校をどういう学校にするかというのも、幼稚園選びの一つの判断基準である。日本人学校に入れる、あるいはもうすぐ帰国するのであれば、日本語での指導が望ましいし、現地校に入れるのなら、その国の言葉で指導してくれる幼稚園がよい。英語を使う国際学校に入れたいのなら、そこの幼稚部に最初から通わせるのが普通である。
ともかく、通わせたい幼稚園がある程度絞れたら、子どもを連れて何度も見学に行ってみるのがコツである。子どものほうから「ここに毎日来たい」と言い出すまで、根気よく探し回ることだ。託児所ではないので、泣きわめく子どもを振り払って置いていかれても幼稚園は困るし、子どもの心身のどこかに無理が出る。
日本語に触れさせる
日本の童話や童謡・絵描き歌、テレビの幼児番組などに毎日触れることも大事である。絵本、ビデオ、CDなどは、ある程度引越荷物に入れておきたいし、現地に行ってからも留守家族や知人に送ってもらうとよい。日本の書籍を扱う書店などに頼んで取り寄せてもらうこともできるが、値段は5~6倍になる。
どういうものがよいかわからないときは、海外子女教育振興財団に相談するのも一つの方法である。財団の「月刊・海外子女教育」には、幼児教育の貴重な情報も紹介されている。最近の日本のテレビ番組を、日本人会やビデオショップなどが貸し出すのを利用したり、日本からの出張者に録画して持ってきてもらったりすることも考えたい(映像電波がNTSCでない国も多いので、ビデオ/DVDデッキと受像機は「MULTI」を選ぶこと)。
子どもの「現地化」
メードやベビーシッターに子どもを預けることが日常化していくと、子どもはどんどん「現地化」していく。言葉はもちろん習慣や感覚までもが影響を受け、どこの国の子どもかわからなくなりかねない。また、いつも何かを食べていないと我慢できなかったり、気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るったりするようになることもある。
ベビーシッターなどに子育てをどこまで任せるかについても、夫婦でよく話し合っておくべきだが、使用人にしつけを任せるのは、もとより無理がある。妻が趣味の活動や夜の講座などに出かけるときは、夫が早めに帰宅するなど親子が一緒に過ごす時間を大切にし、しつけもしていくように工夫したい。そうでなければ、あとで泣くのは子どものほうである。
とはいえ、ベビーシッターたちの際限ないように見える愛情の注ぎ方、甘やかし方は、私たちの生半可な育児理論など吹き飛ばしてしまうほどの説得力がある。子どもたちにとって、言葉や皮膚の色を超えた愛情に包まれて育った経験は、情操を豊かにし、将来の生きる自信や活力、あるいは懐の深さとして財産になっていくに違いないのである。
発育時の言語習得のスピード
子どもの学校選びの話に入る前に、子どもの発育と言語習得について基礎知識を整理しておこう。最近は教員免許を持っている人も多いし、幼児・児童の「発達段階」についての手引書や育児書も多く出版されているが、ここでは子どもの第二言語習得と成長年齢との関係についてふれてみよう。
零歳児(生後~初誕生くらい)の時期、子どもは泣いたり笑ったりすることで周囲の者、とりわけ母親に向かって欲求を伝え、相手の反応を体感しながら安心できる存在を確認する。スキンシップや語りかけが最も求められ、この時期にどれだけ親子の「愛着」を育てることができたかで、その後の情緒安定と学習力が決まってくるといわれる。言語習得の面からいえば「刺激-反応」による「条件付け」ということではなくて、子どもが生来もっている「言語習得装置(LAD)」を起動していくという観点で重要とされるのである。
1歳~2歳半くらいの間は、動くものや音のするものすべてに興味を示し、自己主張を始める時期でもある。とくに1歳半くらいからほぼ1年間を「第一反抗期」という。「おしゃべり」と「癇癪」が交互にくる感じで、語彙数も急速に伸びていく。子どもは赤ちゃん言葉で話していても、大人はきちんとした日本語で話し続けることが、言葉の発達には欠かせない。この時期の語りかけやスキンシップが不十分だと、次の「母子分離」がうまくいかなくなり、周囲への興味や好奇心もわきにくくなる。
3歳~5歳は「母子分離」から社会性を身につけていく時期で、遊び友達を求めたり「なぜ?」「どうして?」の質問を連発したりする。言葉が発達してくる分、親も根気が要求される。幼稚園などに通い始め、友達から多くの刺激を受けるようになると、自分の知らない世界やできないこと、嫌でも我慢しなければならないことなどがたくさんあることを知る。興味や好奇心から、聴いたばかりの乱暴な言葉を使ったりふざけてみたりもする。いわゆる「基本的なコミュニケーション技能(BICS)」は、この時期のさまざまなぶつかり合いのなかで形成され、戸惑いやショックを伴いながら子どもは社会のルールや言葉づかいを体得していく。
6歳から11歳くらいまでの間に「BICS」はほぼ完成してしまうが、小学校入学後は「認知的・学問的言語能力(CALP)」の訓練が始まる。つまり、日常生活の範囲を超えた知識や抽象的思考、調査・類推といった知的活動のための言語能力を身につける「教科学習」に入っていく。
一つの言語圏でずっと育っていく場合には、上記のような過程を順調にたどれるのだが、問題は異なる言語の世界に移動するとどうなるかである。第一言語(母語)習得と第二言語習得との関連は、いまだに解明しきれていないが、統計的に次のような傾向がわかってきている。
(1) 5歳ころまでに習得した(第一)言語能力は、環境が変わるとほとんど壊され、新しい環境の言語能力に切り替わる(それが第一言語になる)。たとえば5歳児をアメリカに帯同すれば、数年で英語が母語になってしまう覚悟がいる。現地校に通わせながら日本語を母語にしておくのは、子どもの能力を超えることが多い。
(2) 11歳ころまでに習得した「BICS」は、若干の忘却はあるものの、ほぼ維持される。つまり、小学4年までを日本の学校で終えていれば、いちおう母語が確立されており、海外においても日常生活を日本語で続けることが可能になる。しかし、年齢相応の日本語力を新たに獲得していくのは困難を伴う。
(3) 学校教育で課される「CALP」は、学年が上がるにつれて高いレベルを要求される。小学2年までに渡航すれば、現地校で同年齢の子に追いつくまでに「BICS1年、CALP2年」といわれるが、どの国でも11歳くらいから新しい概念や語彙をどんどん身につけていくカリキュラムが組まれる。つまり、小学5年以降に渡航した場合には、日常会話能力に加えて、現地の子どもでも手一杯の学習内容を学んでいく必要がある(BICS2年半、CALP4年?)。ということは、赴任中まるまる授業に追いつく努力に費やされる可能性もあるわけで、渡航時の年齢が上がるほど、その試練は大きく長くなる。
これらの原則から、安易にバイリンガルに育てようとしても、子どもには相当の負担がかかってしまうことがわかる。さらに帰国後、日本語の理解力が足らなくて学力が伸びず、海外で身につけた外国語もいつのまにか失われるという可能性もある。どの言語で育てるのかは親の選択だが、第一言語(母語)を確立することは必須で、「日本語も英語も」といわれると子どもは混乱する。また、親の目には「BICS」と「CALP」の区別はつきにくい。「うちの子は日本語も英語もこれだけできる」と親は思っていても、学校で調べたら日本語は幼児語のまま、英語による学力は2学年下のレベルと診断されることもある。
とはいえ、海外にあっても家庭内では正しい日本語を話すこと、日本の映画やテレビ番組などをビデオ/DVDで楽しんでいること、そして読書は大事である。幼児であれば、絵本や童話の読み聞かせ、童謡や絵描き歌などを一緒に歌うことなども続けたい。それらは、帰国後の学習と精神安定に大きく役立ってくれる。
アジア系文化の主な祝祭日
大乗仏教・道教文化
● 春節/旧正月(Chinese New Year)中国暦 1月1日
● 元宵節/灯節/上元節中国暦 1月15日
● 大聖爺祭(Monkey God's)中国暦 1月、7月
● 清明節/一百五*冬至から 105日目 (4月5日?)
● 第三王子祭(Third Prince)中国暦 4月8・9日
● 釈迦生誕祭 (Vesak Day)中国暦 4月15日
● 端午節 (Dragon Boat Races)中国暦 5月5日
● 七夕/乞巧節 (Seven Sisters')中国暦 7月7日
● 中元節/盂蘭盆(Hungry Ghosts)中国暦 7月15日
● 中秋節/月餅祭(Moon Cake)中国暦 8月15日
● 九皇帝祭(Emperor Gods)中国暦 9月1~9日
● 重陽節/菊花節中国暦 9月9日
上座部仏教文化
● マカ・ブーチャ(万仏節)タイ暦 3月か4月の満月
● ソンクラーン(灌仏節。水かけ祭 4月12~14日
● 春耕節 タイ暦 6月上弦の1日
● ヴィサカ・ブーチャ(仏誕節)タイ暦 6月か7月の満月
● アサラハ・ブーチャ(三宝節)タイ暦 8月の満月
● カオ・パンサ(入安居)タイ暦 8月下弦の1日
● オク・パンサ (出安居。トットカティン)タイ暦 11月?
* 上弦とは新月から満月までの半月で月の右半分が輝く。下弦とは満月から次の新月までの半月で左半分が輝く。
ヒンズー教文化
● タイ・プーサム(ムルガン祭)ヒンズー暦 10月<1月>*元は収穫祭
● サンクランティ(新年到来)ヒンズー暦 1月
● ナバラトリ(三女神の祭り)ヒンズー暦 6月満月頃
● ティミティ (火渡り祭)ヒンズー暦 6月
● ディパ・バリ (光の祭り)ヒンズー暦 6月末
* ヒンズー暦 1月は、西暦の4月中旬。1年は約 354日。(30ヵ月ごとに閏月を挟んで調整)