教育の選択(3)
本帰国への備え
赴任前から帰国後のことを考えすぎると、かえって海外生活への準備がおろそかになりやすい。出発日が近づいても、何をどう考えたらよいか混乱している人は、ほとんどが帰国後のことにとらわれているので、この項は現地に着いてから読むことをすすめたい。
海外駐在員の任期は、勤務先の事情で短縮することもあれば、他地域への転任の辞令が出ることもある。赴任国の政情悪化などで帰国を余儀なくされることもある。こうした事態は突然やってくることが多いので、いつも頭の片隅において備えておく必要がある。
しかし、何が起こるかわからないからこそ、子どもの教育方針をしっかり持ち、十分な学習や体験をさせておく意味があるのである。家族がみな前向きに生き、悔いのない生活を送っていれば、多少のことがあっても揺るがないし、慌てる必要もない。そのためのポイントは、前節までに述べてきたので、ここでは在外中にやっておいたらよいことを挙げてみよう。 突然の帰国や転勤への備えとしては、まず子どもの学校関係の書類と家族全員の医療関係の書類を、すぐに持ち出せるようにしておくことである。医療関係のものは、救急時に備える意味でも常に一か所にまとめておくべきだが、学校関係の書類となると散逸していることが多い。
それぞれ「帰国箱」を作り、普段から必要書類を保管しておくと便利である。
学校関係の帰国箱
成績表、各種賞状、レポート、学校案内のパンフレットなど。子どもごとに封筒やファイルにまとめておく。帰国後に編入学する学校(あるいは出願する学校)が、その子を理解するための参考資料になるので、必ず手荷物で持って帰る。
医療関係の帰国箱
予防接種の記録、健康診断書、成長の記録、母子手帳など。国内の学校に編入学が決まると、すぐに「成長の記録」などを書かされる。何の予防接種をいつやったか、いつ陽転したか、既往病歴は、慢性の持病・アレルギーはないか、などなど一人分書くだけでも大変である。もちろん、医者にかかるときにも必要となる。母子手帳には、引き続き自分で記録をつけていく。
思い出の帰国箱
学校行事や家族旅行の写真、贈り物・記念品、日記、手紙、作文など。子どもが学校で作った絵画や彫刻などは、子どもに持たせて記念写真に撮っておく(処分のときに気が楽になる)。友達、学校生活、クラブ活動、旅行などについて、各自が感じたままを日記や作文に書いておくと良い思い出になる。帰国後に体験談などを話すようにいわれたときも楽である。
話題のなかに「帰国」を
子どもには、日本の学校の「常識」を折りに触れて話しておくことも大事だ。学校では上履きを使う、給食がある、子どもが校舎を掃除する、ラジオ体操という「集団ダンス」がある、女子の制服はスカートである、などなど。一時帰国の機会があれば、地元の公立学校に体験入学をさせてもらうのもよい。
半年くらい経って落ち着いてきたら、教育方針についての親の考え方や家族のあり方について、家族で話し合うようにしていく。とくに子ども自身が、自分の将来を考える習慣をつけることが大事だ。ときどき家族の話題に「帰国」を出していくのもよい。
最近、国内の高校・大学ではっきりした変化が現われているのは、ユニークな生徒は成績を度外視して入学させることである。少子化が進んで生徒・学生を確保しなければならない事情もあるが、企業の人事採用で偏差値や学校歴は二の次で、個性豊かな人材確保が求められているからである。充実した海外生活を送り、その国の人びととの交流を深めてきた帰国生は、ほとんど第一志望校に入れるようになった。
そればかりか、帰国生の受け入れに熱心な学校は、世界各地に入試担当教員を巡回させたり、何校か合同で説明会・相談会を開いたりしている。海外入試やAO入試(自薦による単独選考)も増えているし、英語以外の外国語を習得して帰国した生徒には、個別の特別指導をする学校も多い。こうした情報は、インターネットで誰でも入手が可能になった。
有名私立進学校のなかには、「入学はさせるが、何も特別な指導はしない」という学校も多いので、注意したい。成績の伸びが悪い生徒を中学2年修了時に公立中学校に転校させるなど、自校の進学実績に悪影響が出ないようにしている学校も少なくない。一人ひとりの子どもの将来にとって、どの学校が最も適しているのかを、親子でよく調べ合っておこう。
個性を伸ばす方向へ
帰国生に関しては、偏差値が関係なくなり、学校情報も手軽に入手できるようになったことから、海外に展開する学習塾も変革を迫られている。基礎・基本の学習に重点をおいた指導に変わったほか、読書や作文・習字の指導、その国の言葉の指導、現地理解の体験学習など、子どもの個性を伸ばす方向に向かうところも多い。郵便・FAX・パソコンを利用した家庭学習を加味する学習塾があることも紹介した(195頁「通信教育機関」)。
通塾にあたっては、子どもの安全にとくに注意する必要がある。現に誘拐事件などが起こっている。塾の送迎バスがあっても、子どもが降りる地点まで出迎えるようにする。送迎は、あくまで親の責任なのである。
日本での教育を希望する場合
子どもの教育方針が明確に決まっていて、海外赴任だからといってそれを変更したくないという家庭もあるだろう。すでに有名校に合格あるいは在籍している場合も、海外へ帯同すべきかどうかは悩むところである。中学・高校生の子どもが残される場合は、寮のある学校に編入学する、企業などの「子弟寮」に入る、学生会館など民間の寄宿舎に入る、といった選択肢が考えられる。
寮のある学校については、海外子女教育振興財団が「帰国子女のための学校便覧」などで一覧表を公開しているし、受験情報誌にも紹介されている。幼い頃から全寮制の進学校に入学する予定で準備してきた場合は別として、最近は寮生活に耐えられない者も少なくない。相部屋となることや時間の規律、作業分担などがあること、掃除・洗濯は自分ですることなどを、よく本人に説明し納得させる必要がある。
インターネットで「寮のある学校」を検索すると、不登校・中退者対象の学校も多く出てくるので、どういう学校かをよく調べることである。
企業などの子弟寮は、転勤する社員・職員の子どものために設置するもので、教職経験のある夫婦が舎監として住み込んでいる場合が多い。
「まかない(食事)」はもちろん、いろいろ親代わりに面倒をみるのが普通である。場所や条件などは勤務先の人事部に聞くとよい。
学生会館など民間の寄宿舎は、大都市の学校・大学に遠隔地から入学する青年のための施設で、探せば「まかない付き」のところもある。篤志家が設置するものから、都道府県の「寮」や民間企業が経営する「学生会館」まで千差万別だが、中学・高校生まで預かるところは少ない。親代わりに面倒を見てくれるマネージャーが常駐しているかどうかも確かめたい。インターネットで探す場合は「学生会館」で検索すると出てくる。JOBAガーディアンシップセンターは学習塾が経営する寄宿舎で、教員も泊まり込んでいる。