海外での出産
出産に関する知識と用語
英語や赴任国の言葉をある程度話せる人も、「逆子」や「妊娠中毒症」、あるいは「むくみ」「いきむ」といった妊娠・出産に関わる用語には馴染みがない。まして初産であれば、出産そのものの基礎知識も不足している。出産準備教室や定期検診には夫婦そろって参加し、基本知識と用語を一緒に勉強していくことが望まれる。夫が出産に立ち会うのが普通なので、助産師や看護師とのやりとりも一緒にできるのである。海外で出産するかもしれないという人は、出産に関する本を購入していくとよい。
その国の文化や制度を知る
「出産は最大の異文化理解」といわれるほど、地域によっていろいろな習慣や考え方があって、出産経験のある人でも驚いたり戸惑ったりすることは多い。妊娠中や出産直後に食べてはいけないもの、やってはならないことなど「本当かしら」と思う助言も少なくないが、むやみに無視もできない。助産師の地位が日本に比べて格段に高く、社会保険での医療行為まで認められている国もある。また、正常分娩なら3日以内で退院させられる国がほとんどなので、退院後のケアも考えておかなければならない。
無痛分娩を理解する
「お腹を痛めた」という言葉が母親の勲章ようにいわれる日本と違って、無痛分娩を当たり前と考える国が普通である。長い陣痛で母体の体力を消耗させないことにより、産後の回復を早めるという合理性がある。 全身麻酔だけでなく局部麻酔、笑気ガス、あるいはリード法やラマーズ法など薬を使わないものまでメニューはたくさんある。
「どれにしますか」と聞かれて慌てないように、あらかじめ夫婦で話し合っておくとよい。好い加減に答えてサインしたら、帝王切開された例もある。
納得のいく選択を
医師が十分に時間をかけて、妊婦の状態と受けられる医療サービスの説明をしてくれるのは、海外出産の最大の利点である。したがって、なぜその検査が必要なのか、なぜその薬を服用するのか、なぜ帝王切開をするのかなど、疑問に思うことは徹底的に質問するようにする。大事なのは医師と妊婦の間に信頼関係を築いていくことである。分娩法から新生児の扱い方まで、たくさんのメニューのなかから納得できるものを選んでいくのは大変である。産後の母乳マッサージを希望する、臍(へそ)の緒を取っておく、またピアスの穴をあけたり割礼をしたりしないことなども、明確に意思表示する必要がある。あとになって悔やんだり恨んだりするのは、関係者全員にとって不幸である。
子育てのスタートの認識を
妊娠・出産は病気ではない。しかし、母子の保健システムとして、妊娠から子育て(12歳くらい)までの医療支援体制が組まれていることの理解も必要だ。母子手帳に従って、乳幼児検診や予防接種などもこなしていくことである。むしろ、日本に帰国して出産した母子が受けられない手厚いケアが保証されていること、そして何よりも、夫婦が子育ての最も感動的な時期を共有できることを喜びたい。
出産費用・保険サポート
海外で妊娠したときは、海外で産むか、日本に里帰りして産むかで頭を悩ませる人が少なくない。「出産は夫婦の共同作業」「男は頼りにならないのでやはり実家が安心」など、夫婦の価値観はそれぞれだが、そもそも海外で子どもを産むといくらかかるのかという問題も、判断材料として無視できない。参考までに、シンガポールでの出産費用の例を表(212頁)にまとめてみた。 シンガポール屈指の名門病院であるマウントエリザベス病院で、同院内にクリニックを構える某医師に診てもらった場合、エピュドラル(こうまく外麻酔)を使った無痛出産(自然分娩)は、シングルルームに2泊3日のステイで、病院と医師への支払いが約6000シンガポール・ドル(約46万円)である。 これなら健康保険の出産育児一時金35万円でかなりの部分がカバーされることになるが、実際にはこれに実家の母親に手伝いに来てもらったり、産後アマさんを雇ったりするための経費が発生する。
出産のときの子守り
出産後、産院にほぼ1週間いさせてくれる国は台湾、フランス、デンマークくらいである。ほとんどが「えっ、もう帰ってきたの」と驚くほど短く、発展途上国でも英国式のマレーシアなどでは翌日に退院してくる。上の子がいる場合、一晩か二晩、誰かに預かってもらうだけですむ(ご主人がいれば安心)ので、それほど心配しなくてよい。
産後は、通いや住み込みのメードさんを雇って家事をカバーしてもらいながら、ゆっくり養生する。上の子は「お母さんを赤ちゃんに取られる」と寂しい気持ちになりやすいので、スキンシップを忘れないようにしよう。「Care the World」や母子衛生研究会のホームページ(海外での出産)なども開いて見ておこう。