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海外医療事情

オープンドクター制

 国民医療保険制度ひとつ見ても、日本の医療制度は世界的に見ると例外的だ。海外で医療サービスを利用する場合、その違いに戸惑うこともあるが、システムや考え方を理解しておくことで安心して医療機関を利用できる。
 われわれは海外の医療水準を何かと日本と比較しがちである。特に開発途上国に滞在する日本人は、常に日本の医療水準が世界最高のものだと思い込み、現に自分が住む国や地域の医療を見下す傾向が強いが、具体的な医師の技量や知識を比較することは日本でも困難だ。さらにその倫理観まで考慮しようとすると、表面的な思い込みで医療全般を評価すること自体、意味があるとはとても思えない。はっきりいってしまえば、日本人の医師だというだけで優秀だと思ってしまうことが間違いなのだ。もちろん日本人が暮らす国や地域では、医療施設に乏しく医師の教育水準が低いところも実際にあるだろうが、先入観にとらわれたものの見方だけはしたくない。  さて、日本と違って多くの国で採用されているシステムがオープンドクター制だ。初めての海外生活では戸惑う制度だろう。大規模な私立総合病院でも独自に抱える医師の数は少なく、多くは外部の診療所(クリニック)を開業する医師が自分の診療時間の割り当てに従って総合病院での診療にあたる。したがって、街の診療所で診察を受けたが納得がいかないので大きな総合病院に行ったところ、同じ医師が診察していたという笑い話も起きる。総合病院で診療をしていなくても、開業医は自分が契約する総合病院にコネクションを持っている。詳しい検査が必要なときや入院が必要な場合に自分の患者を送り込み、場合によってはそのまま自分が主治医になることもある。
 診療を受けるにあたって一番の不安は言葉の問題だ。日本語が通用する医療施設は海外にもあるので、赴任先でそのような施設があるかどうかは事前に調べておくと、特に家族にとっては安心できることだろう。しかしやはり海外での診療は英語、あるいはその国の言語でなされることが一般的であるので、いざというときに困らないように、医療関係の単語をある程度覚えておくことを勧めたい。もちろん診療に当たっては、辞書とメモは忘れずに持参したい。医師の言っていることが理解しにくいときは紙に書いてもらうなり、辞書で引いてもらったりできると便利だ。医師の診断に疑問点を残したり、あやふやなまま診療を終えたりすることは避けたい。

セカンドオピニオン

 手術を勧められるなど重大な決断を患者に求められたときには、遠慮せずにセカンドオピニオンをとることを医師に伝えたい。他の医師の判断を仰ぐことが、患者にとって当然の権利であることは海外の医療ではほぼ常識であり、医師にものを言いにくい日本の医療とは異なることだ。日本でもかなり変わってきてはいるが、セカンドオピニオンをとりたくてもなかなか言い出せないのが日本の現状だ。子宮筋腫で摘出手術を勧められた患者が、できれば手術せずに治療を受けたいと希望して、結局4人目の医師から手術をしない方法もあるとの説明を受けて納得。セカンドオピニオンは単に医師の意見を比べるだけではなく、よい医師、自分と波長の合う医師を見つけるための手段にもなり得る。
 セカンドオピニオンを得たいときはその旨を医師に伝えて、レントゲン写真や血液検査の結果はもちろん、できれば医師の診断書などを受け取っておきたい。 検査の結果などは、日本では医療施設で保管するのが通例で、たとえ自分のものであっても渡してもらうのが難しいこともある。しかし海外ではそれらの資料は患者のものであるという認識から、少なくともコピーは簡単に入手できることが多いので、遠慮しないでできるかぎり多くの資料をそろえるようにしたい。これらの資料は、次の医療機関では重要な診断資料として利用してもらえるので、同じ検査を繰り返し受けるようなことがなく、まずはその結果を元に診断してもらえる。もちろん必要であれば再検査なり別の検査を選択してくれるが、最初から元の医療機関の検査結果を無視して、すべて再検査をするという無駄はないはずだ。

入院

  入院に際しては、見込まれる治療費に相当する額のデポジット(前払い金)を請求される場合が少なくない。すぐにでも入院治療が必要なときにデポジットを請求されて戸惑ったという話も良く聞くが、最近はクレジットカードをデポジット代りにするか、あるいは海外傷害保険に加入していることを病院側が確認できればデポジットは不要であることが多い。入院に関わる費用は病室によって注射1本、ガーゼ1枚に至るまですべて異なる。つまり個室と大部屋では、部屋代のみならずすべての治療費、医師への支払い、手術代、薬代など入院中の費用に大きな差があることは、珍しいことではない。
 単身赴任者など家族の付き添いが期待できない場合は、入院に関して不安が大きいと思われるが、完全看護が前提となっている場合が多く、身の回りの雑事を心配することはない。

緊急時の対応

 心筋梗塞などで深夜自宅において倒れるケースをときどき耳にする。救急車の呼び方などは日頃から確認しておきたいものだ。言葉に自信がない場合は、基本的な内容――たとえば住所、電話番号を電話の横に貼っておくとよい。パニックを起こしてしまうと、簡単なことでもうまく伝えられないこともあり得る。まして海外で外国語で通報しなければいけないわけだ。基本的なやり取りを想定した会話を習得しておくのもよいだろう。念のため紙に書いておくとよい。また同僚の自宅電話番号あるいは携帯電話番号も確認しておくと、万が一のときでも安心だ。夫婦では夫が倒れるケースが多いようだ。となると通報は妻の役割にならざるを得ない。誰かに助けてもらう必要もあるかもしれないが、いずれにしても緊急時の連絡先を確認しておくとともに、そのシミュレーションをしておくことが大切だ。
 言葉の問題も大きい。英語であれば何とかなるが、英語が通じにくい、あるいはまったく通じない国も少なくはない。日本も英語が使えないといってもよい国のひとつであるので、先進国だからといって英語で話せば何とかなるというわけにはいかない。緊急時の通報にはやはり不安が大きい。海外では緊急時に救急車の手配から入院手続きなども本人や家族などにかわってやってくれるというサービスを行っている会社があるので、急病などのときはその会社の緊急対応の窓口に電話さえできればとりあえず安心できる。そのようなサービス機関に関しては保険会社が詳しいのでぜひ確認しておきたいものだ。
 しかし、現実問題として英語も通じない、緊急医療サービスの利用もできないという環境は珍しいことではなく、そのようなところに長く滞在しなければいけない駐在員などには不安が大きいことも確かである。携帯電話の電源は24時間切らないという約束事を作っている会社もあると聞く。万が一のときに、お互いに連絡が取れるようにしておくためだ。また自宅などの固定電話には緊急時に連絡できる相手先を何軒か登録しておいて、ワンプッシュで電話がつながるというようにしておくこともアイデアだ。  緊急時にパニックボタンを押せば警備会社に直結し、異常を察知した警備会社が急行して対応してくれるというサービスもあるそうだ。いずれにしても会社内などでは日頃から緊急時の対応について具体的に考えておきたいことである。
 ところで海外在住邦人の場合、日頃から私立の総合病院を利用していることが多く、緊急時にも以前に利用したことがある病院や邦人の間で評判がよい病院に行こうとする傾向が強いようであるが、とにかく1分1秒でも早い処置が生死を分けるような事態においてはそのような選択の余地はない。馴染みのない病院になるかもしれないが、改めて聞かれない限り救急隊員に搬送先は任せたい。また病院では身分証やパスポートの提示を求められことがあるので、それらの保管場所も緊急時に取り出しやすいところに保管しておきたい。

海外での健康診断

日本国内では労働安全衛生法のもと、労働者は少なくとも毎年一度は法律で定められた内容の健康診断を受診しなければいけないため、ほとんどの会社などの事業所では春、または秋に定期健康診断と称して一斉に検査を受けることになる。海外勤務者の場合も日本国内の規定に沿って毎年健康診断を受けるようにしているところが多いが、ここで問題になるのは日本の国内法が適用されるかどうかである。
 日本では健康診断を受けなければいけない、あるいは受けさせなければいけない義務が労働者と雇用者の双方にあるが、海外では法律的なことよりも、日本でやっていることだからという権利を延長して考えているような気がする。実際に海外には日本の国内法は適用されない。ただし、日本で雇用されて出向している限り、国内法を優先して解釈しておいたほうが、問題は少ないと思われる。
また多くの事業所が帯同家族に対しても同様に健康診断を受けさせている。もちろんこれは日本国内ではありえないことであるが、業務命令に従って赴任した者に帯同しなければいけなかった家族に対して事業所として便宜を図っているものだ。反対に日本の国内法が及ばないことで健康診断をまったく受けさせていない事業所もある。通常は問題にならないが、突然死など不測の事態において、遺族ともめる可能性が大きい。
 健康診断結果は日本では会社が一括して管理する場合が多いが、海外ではプライバシーの関係で会社に対して一括して結果を返却することは少ない。欧米先進国では特にその傾向が強く、医療機関から健康診断結果が会社宛に一括して報告されることはまずないだろう。したがって法律にのっとって受診させたはずの健康診断結果を、事業所が把握することができず海外派遣社員の健康状態をつかむことが難しいという声もある。この問題に関してはそれぞれの事業所で対応が異なり、自己管理を最優先している場合もあれば、本人承諾のもとで個人通知書を日本の本社健康管理室などに送り、そこで日本人の産業医によるコメントを付記してから本人宛に返送するという手段をとっているところもある。

医薬品

医薬品の認可に関しては、多くの国で米国FDA(米食品医薬品局)の基準に準拠しているが、日本は諸外国と事情を異にする。したがって一般家庭に常備されているような大衆薬に関しても、その有効成分などに大きな違いがあると思っていたほうがよい。海外で販売されている市販薬の場合、その効果が強すぎて日本人には向かない場合もあることを前提に、ある程度日本から常備薬を持参しておくことも考慮したい。  ただし短期滞在ならともかく年単位の中長期にわたる滞在では日本から持参した医薬品が期限切れになったり、不足したりするので、日本から送ってもらわない限りどうしても現地で調達することになる。
 見慣れない医薬品を使用するのには抵抗もあるだろうが、長期の滞在中に日本から持参したり、いちいち送ってもらったりした医薬品に頼るのは現実的とはいえない。現地の日本人の知人等に聞いて、日本人が実際に使っている医薬品を試してみるのが一番だ。
 また日頃病院などで処方してもらい常用している医薬品については、同じ有効成分でも商品名が異なることが普通なので、その成分を確認して同じものを現地の医師に処方してもらいたい。医薬品の商品名は錠剤やカプセルなど小さく表示されていることが多いが、よくわからない場合は、その成分も含めて英語表記をあらかじめ処方した医師に確認しておき、任地の医師に相談した上で同じものを処方してもらうとよいだろう。この場合、まったく同じものが処方されることは希で、大概は同様の効果を持つほかの医薬品を本人の症状にあわせて処方してもらうことになる。
 実際に高血圧の薬などを漫然と日本から取り寄せて服用している場合もあるが、高血圧に限らず慢性疾患の治療で投薬を受けている場合は、現地で医師による診察を受けたうえでなるべく同じ効果を持った医薬品を処方してもらうべきだ。
 たとえ医薬品の名前が違っても中身はまったく同じ場合もあるので、最初から同じものはないと決め付けたりせずにぜひ現地の医師に確認を求めて欲しい。  同様のものが入手できない場合でも、同じような効果を示す医薬品は見つかるはずだ。海外の薬を嫌ったり、医療機関を受診したりするのが面倒だという理由で、高血圧患者が日本から降圧剤を取り寄せて服用していたものの、実際には知らないうちに症状が悪化し、まったく血圧がコントロールされていなかったという事例もある。  医師による経過観察を受けないで、日本から送られてくる薬を漫然と服用することは危険でもある。  現地で処方してもらった薬が強すぎたり、服用によって何らかの副作用が出たりした場合は、必ず主治医に報告してほしい。いつ、どれだけ飲んだら、どのくらい時間経過して、そしてどのような症状が出たのかをできる限り詳細に報告するべきだ。  何らかの副作用を感じたときに、海外の薬は強すぎる、あるいは自分に合わないと判断して勝手に止めてしまったり、服用量を自己判断で少なくしたりするなどして、医師に報告しないことが多いようだ。
 医師に遠慮する日本人特有の性格から仕方がないのかもしれないが、処方してもらった薬による副作用などは、医師にとっても重要な情報となるだけに、伝えられないのは患者本人のためにもならない。

海外勤務者に限らないだろうが肥満の問題が非常に大きい。肥満は高脂血症、高血糖、高尿酸血症の直接的な原因となり、さらには脂肪肝から肝機能異常を呈したり、数字には表れないが動脈硬化を促進したりする。もちろん高血圧の原因にもなる。健康診断の結果を見ていると、実によくそれらの関係について理解できるが、本人はというと多少問題が認められたからといって、現在のところ何の不自由もなければ、痛みなどの苦痛もないので放置しているケースがあまりにも多い。
 毎年受診する健康診断の結果が年々悪くなるのを頻繁に経験する。多くは肥満を少しでも解消できればかなりの問題が解決できることが明らかなのに本人は何もしないのだ。仕事で接待が多いため食事制限できないということも良く聞かされる。だからといって現状を放置してもよいということにはならないのだが、本人のみならず仕事が絡むことなのでコントロールが難しいことは仕方がない。
 お酒が好きな人にとっては、積極的に接待の場をつくってしまうこともあるようだ。また自炊しない単身赴任者の場合など、毎晩のように誘い合って飲みに行くということもある。仕事がらみは難しいとしても、自分でコントロールすることを放棄してしまっては10年、いや5年もしないうちに健康状態が最悪となり、仕事すらできなくなることも可能性として考えられる。
 海外赴任では感染症や任地の医療水準を誰もが気にするが、もっとも大切なことは自分の健康状態を把握した上で、うまくコントロールしていくことだと思う。そのためにも任地では信頼できる医療機関で健康診断を受診し、その結果に基づいて自らの健康状態をよりよいものにするよう努力して欲しい。
 もちろん個人の問題にとどまらないことから、事業所としてもスタッフの健康状態をよりよいものにするよう、ある意味で健康管理に介入することも必要だ。
 最後に日常の健康のバロメーターは体重だ。少なくとも循環器系疾患の罹患リスクは肥満度の上昇とともに高くなる。健康診断を受けたときよりも身体の状態が良くなっているのか、反対に悪くなっているかは体重の増減を見ればかなり正確に把握することができる。毎日体重を計る習慣をつけたいものだ。

在外邦人救援の プロフェッショナル特定非営利活動法人
海外医療情報センター
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